観桜
1幅
明治末
軸・絹・着色
113.1cm × 42.0cm
明治17-大正6年(1884-1917)
東京生まれ。本名長三郎(ちょうざぶろう)。明治30年代から大正初年まで、安田靫彦(やすだゆきひこ)らの率いる紅児会(こうじかい)を中心に創作活動を行った。浮世絵などの要素を取り入れた風俗画を得意としたが、33歳の若さで亡くなった。
おそくとも明治40年7月には修善寺を訪れていたようで、友人であった靫彦や前田青邨(まえだせいそん)を最初に相原沐芳(もくほう)氏に紹介した人物ともいわれる。
興津(おきつ)(静岡市清水区)の耀海寺(ようかいじ)にある彼の墓には、沐芳氏や紅児会のメンバーの署名が刻まれ、修善寺に集(つど)った若き画家たちの交流のあとをしのぶことができる。
観桜
1幅
明治末
軸・絹・着色
113.1cm × 42.0cm
妓女
6曲1双
明治末~大正初
屏・絹・銀地着色
各 98.0cm × 251.0cm
奴の小萬
1幅
明治43年頃
軸・絹・着色
110.9cm × 32.7cm
藤娘
1幅
明治末~大正初
軸・絹・着色
104.3cm × 36.4cm
若衆と娘
1面
明治末~大正初
額・絹・金地着色
75.0cm × 41.4cm
不破
1面
明治末~大正初
額・絹・金地着色
54.8cm × 30.6cm